言葉にするということ


今テレビで今期のドラマの予告がありました。

「患者の自己決定~」って聞こえてきたような気がします

そだね~って思わずうなずく。
世の中にはいろんな人がいるし、多種多様な考えがあります。
自分が正義だと思っていることでも、他人にとってみたら、タダのおせっかいになるのかもしれません。本当に人って難しいなあ~っておもう

それでも、他人に自分の気持ちを伝えるって大事なことだと思う。
言わないと伝わらないし、何も変わらないと思います。
時には、言わないほうがいい場合もあるし・・・そー考えたら、きりがないですね。永遠に答えのないお話~
KY、KYってよく言いますよね~
どんなときに言うべきで、どんなときに言わないかは、自分たちそれぞれの判断になっちゃいますが。
相手のためで、愛情を持っているのなら、一度言ってみるべきだと思います。ずっと言いつつけると、うっとうしくなっちゃいますが。
自分の考えを、言いたいことを、相手に言ってみて、もしそれで相手と違う考えを持っているのなら、とことん話し合ってみるとかでいいと思います。それで更なる発見が有るかもしれませんし、でも、言わないと誰にもわからないからね~
私もかつては超内気で、他人を気遣いすぎるがあまりに、自分の考え気持ちなど、すべて自分の奥底にしまいこんでいました。自分さえ我慢すれば、大丈夫!って、思っていました。
まあ、そうしたことで事が和らぐこともあれば、何も解決できないときもありますね~
そこの判断が難しいのよね~
って、なんの話やねん!?わたしもわからなーい。

さて、本題。
本題なんか、あったんだね。←

病気の受け取り方はさまざまです。
「きみは私じゃない!私の気持ちなんか、わかるはずがない!」って、言われたことがあります。そのとおりです。私はわかりません。自分は世界でたった1人しかいなのだから。血のつながった親でさえ、たまに、なんでこんなにも考えが違うのだろう~って悩むときがあります。
じゃ、どうしたらいいんだろうか。
自分らしい生き方を見つけるしかないんじゃないんかな?
わたしもいまだに、自分らしい生き方ってなんだろうって思います←
そんなはっきりした100点満点の答えはわからない自信はあります!
でも80点くらいの自分らしい生き方は見つけました!残り20はいまだにぷかぷかと浮かんでいますし、それも含めて、自分らしいな~って思います!っていうことは、私はもう自分らしさを見つけたのか!かな?w

そこで、前の文章に少しつながりますが、
自分の気持ちは絶対に他人に100パーセントわからないのだから、たとえどんなに同じような状況だったとしても、今まで生まれ育った社会背景などが影響し、100セント同じ考えはないとおもいます。
だからこそ、せっかく人間は言語を操れるように、神様がしたのだから、言葉で伝えないといけないことも有ると思います。
私は今こんな状況です。だから、○○してほしいです!ってね。

言葉にすると、考えがまとまったり、気持ちがスーってなることもありますしね~
度が過ぎると、口は災いの元になりますけどね。

こうして、私も皆にあいたいって言うことを、言葉にしないとだめだな~って思いました。
どんなに思っていても、たとえ超能力があってテレパシーで伝えれたとして、言葉に勝るものはないと思います。
会いたいっていうこの一言。

今を大切にしなければいけないからこそ、最短の距離でいかに効率よく自分の気持ちを伝えるかは、自分しだい。言葉によって。他人を傷つける言葉ではなく、愛の有る言葉を。

友達に、好きな人がいるんだけど・・・って相談されました!
うん、がんばれ!あの2文字をがんばって伝えるんだよ!(うわさの5文字でもぜんぜん問題ないけどね)
応援してるよ!

生きる決意


初めてのブログなのに、なんて物騒なタイトルなのでしょうか(笑

今の体の状況はあまりよろしくなくて、私は超元気なんだけれども、体の表面上のデータがよくないの
肝臓に2.8センチのガンがあり、それを明日入院して、21日に手術しますが・・・
それだけじゃなく、肺に1センチ未満のガンがいっぱいあります。手術後から肺にあるガンにむけての抗がん剤治療を開始する予定ですが、この抗がん剤は現状維持を期待できる薬だそうです。
何人かの医者や知識の有る友人に聞いても、みんな深刻な状態だといいます。まあ、死ぬ確率のほう高いだろう。

一年以上前から、余命半年といわれながらもこうして今なお元気に生きています。しかも、間違いなく周りの誰よりも元気で、精神状態がいい自信があります!私に会う誰もが、こんな私を見てまったく病人に見えないというし、死にそうには絶対にないといいます。友人にはよく、私の泣いた涙かえせーーー!だなんて、冗談まで言われてしまうほど元気です。
今までの闘病生活中、死が身近にありながらも、私は一生懸命後悔のないように毎日を楽しく生きてました。
それでも十分だったのですが、心の奥深くには、本当にこのままでいいのか?という曖昧な疑問がずっと付きまとっていました。

生きるとは何なのだろうか・・・

こんな深い疑問を考えたりもしたりするわけです。
なんにも考えていないように見えながらもね(笑

先日、ある友人に会いました。
その友人との会話中に、今までもやもやしていたものがはっきりと形作られました。

私は今まで、自分がこんなにも困難な試練を与えられたことにきっと意味はあると思っていました。余命半年といわれながらも、奇跡的に助かっています。人の一生において、無駄な出来事は何一つないと思います。では、私の病気は何の意味があるのだろうか?と。

彼女にいきなり質問されました。
「人生にタイトルをつけるとしたら?」
タイトルは?って聞かれているのに、ふと思い浮かんだのが「ひまわり」でした。タイトルじゃなく、植物を思い浮かびました。ああ~タイトルは「ひまわり」だな!って・・・なんの根拠もなくw

「ひまわり」みんなはどんなイメージを思い浮かびますか?
明るくて、まっすぐ伸びていて、見てる人を元気に、笑顔にすることができる、そして最大の特徴がきっと太陽のほうに向いて咲いていることだろう。そして、すべてのひまわりが全部綺麗に咲けるわけじゃない、雨や風に負けてしおれるかもしれないし、枯れるのかもしれない。けれど、それらに勝ったら、どんなに綺麗に美しく咲くのかはみんなも目を閉じれば想像できるはずです。
いつも、太陽に向いて、上を向いて咲いている。これは私の想像だが、きっと笑顔で咲いているだろう。しかも、まばゆいほどの鮮やかな黄色は、太陽の光を受けて輝いているんだと思う。自分で光を発するわけでもなく、つきみたいに太陽の光を反射して地球の私たちを照らしてくれている。私の中での太陽は、周りで私を支えてくれる人々。みんなはいつも私に会うと、すごい元気になれるって言ってくれています。本当にありがたいことです。けれど、私のほうこそ、皆の支え愛情が有るからこそ、こんなにも元気にいられます、こんなにも笑顔でへらへらしていられます。最後に、ひまわりの個人的に好きな特徴のひとつに、ひまわりの種があります。わたしの大好物です。咲き終わったら、それで終わるのではなく、また種として、新たな命となるなり、私たちの食料として私たちに生きる糧をくれます。

こんなひまわりみたいな人生になれればな~って思っています。
じゃ、もし私がこのままいなくなってしまえば何が残るのだろうかと。
それが、今までの私の中の疑問でした。

私に与えられた使命、奇跡を起こして私を生かしてくれたことへの意味。
10代にしてガンにかかりました。
類まれなポジティブで、誰にもわからない、自分もなぜかわからないほど明るい性格を持っている。
今なお闘病中で、リアルタイムで説得力も有る

今の私にしか、できないこと。
それをしなくちゃいけない。
せめて、私のリアルタイムを通じてガンの現状を知ってもらうことや、早期検診の大切さ、今を生きる大切さ、時間に限りが有ること、まわりの人々を大切にすること、後悔しないために。

なんだか、暗い内容になってしまいそうですが、
タイトルのとおり、私は「生きる」のです。
生きる決意。

大切な大切な人々のために、皆を悲しませないためにも、私は、絶対に生きます。
絶対に希望をなくしません。
ここに、頑固たる意思を。
大切な人々のために!