ガンの完治とはなんだろう

昨晩東京で友人とご飯を食べながら
いつものごとくたわいもない話を語り合っていました。

何の拍子か、私が「神様!早くガンを完治させてほしい!」と神頼みしていたら、
友人に「あなたはもうガンに関してある意味治っていると思うよ」と言われちゃいました。

がんってそういえば何を持って完治というのだろうか。

俗に言う「寛解」状態があります。
それは病状が落ち着いていて、問題が特にないまでに治っていることを意味します。
その状態で5年、または10年続けば、一応「完治」状態となるそうです。

が、
あえて意味のないツッコミをしてみます。

実は健康的な人でも毎日体内に5000個ものがん細胞が作られています。
ある意味みんな生きている限り
ガンと言ってもいいのかもしれませんね。
がーん。ガーーーーン。ガーーーーーーーン。

はい、もうふざけません。

ガンを制圧するのではなく
肉体的にも精神的にも、ガンがあってもなくても自分らしく生きることができれば、ある意味「ガンに勝っている」と言ってもいいのかも知れません。

よくよく考えてみると
ガンが体内にあっても、100歳まで悪さをせず、大きくならなければ
それでいいのかも知れないし。

ある医師が言っていました。
三大疾病(ガン、脳卒中、心筋梗塞)の中で、
「完治」「全滅」を目指しているのは
ガンだけであると。
残りの二つは、一度発症してもなんとかしてうまく付き合っていく、共存する道なのに。
ガンだけは完全に撲滅しようなんて、言われてみると不思議な話です。

医学の技術はこの4年の間だけでも
本当に飛躍的に進化しています。

なんやかんやと、今は方法がなくても
うまく「共存」している間に
新たな治療法ができて、ガンがいつか「風邪レベル」になるのかもしれません。

私は、ただガンによって自分らしく生きることができないことの方が残念だから。

確かに、そういう意味において
私はもう既に「完治」しているのかもしれないし、「勝っている」のかも知れない。

実は、四年前の今日、9/28に
胸痛に襲われ、ガンが最初に頭角を現した日でもあります。

あの胸痛で、
私の人生が一変しました。

一生懸命みんなにとっての「いい子」であろうとしていた私が、自分のために、自分らしく生きることができるようになったきっかけでもあります。

東京からの帰りの新幹線の中で、
この4年間の写真を見ながら振り返りましたが、
楽しい思い出ばかりです。

病院での写真でも、手術前の写真でも、バカみたいに笑っているものばかりです。(そりゃそうか、泣いてる写真とかとらないもんね。)

それもこれも
家族や友人、医師たちが支えてくれたおかげです。
(なんだか、またとても「いい子」のセリフを言っている気がして、嘘くさい感じがしますが…)

でも、今日はこの後、
ちょっとだけ母に「ありがとう」を言ってみようと思います。(笑)