痛みと向き合うこと


恥骨(付け根の骨のがん)の痛みはかなりましになり
普段の生活ができるほどにまで回復しました!

けれど、新たな問題発生。。。

恥骨の痛みがましになりかけた頃、
今度は胸膜が痛み始めたのです。
左胸膜のところにガンが浸潤していて(2016年頃から)
ソヤツは年に2回ほど痛くなったり暴れたりして、でも大きさ自体はあまり変わらず、、
対処法もないのでずっと観察していましたが…

今回、
大暴れしております。

太い針でずっと刺されているような痛みが続き、呼吸もしにくくなるほどまでに激痛です。
(最近、痛いことしかブログで書いてないな…)
(今年入ってから、ついてない。)

呼吸しにくいって、いやねえ〜

痛いと、性格がかなり悪くなります。
理不尽になります。
不幸にばかり目がいきます。
「どうして私がこんな目に会わなきゃいけないんだ」と神様に不満をぶつけます。

気持ち次第、こんな時こそ普段目がいかないような小さな幸せが見つかるものじゃないかっ!
と自分に言い聞かせるものの、
それさえ考え余裕もないほどまでに
「痛み」に心が蝕まれて、絶叫し、号泣しながら不幸に目がいく悪循環になっています。

ロキソニン(痛み止め)も効かず、
先生にはロキソニンよりも強い痛み止めである
医療用麻薬(オキシコンチン)が処方されました。

ん?
医療用麻薬?

そうなんです、心が広く先入観もあまり抱かない私(⇦)もかなり抵抗を感じてしまいました。
深く薬について調べもせずに
ただ「やだな〜」という気分だけで、拒否していました。
もしかしたら、そこまで痛みに対して「重症」である自分が受け入れられなかったのかもしれません。

自分は元気だと、
そこまで弱っていないっと思い込みたかったのかもしれません。

「痛み」というもの
「自分がとても弱っている」という状態を受け入れたくなかったのかもしれません。

そんな時テレビで、
車椅子の方が車椅子状態である自分を受け入れられず自殺までしたけど死にきれなかった。でも車椅子である自分を受け入れたら、かなり気持ちが前向きになった。
と放送されているのを見ました。

そうか、私は「痛み」というもの、
「痛みで弱っている自分」から目を背けたかったのかも。
「痛み」によって、どんどん心がブラックになっていく自分がいやだったのかも。

よし、向き合ってみよう。

そうなんです、私は今弱っている。
心が荒んでいる。
痛みによって、ストレスフルになっている。
オキシコンチンを使いたくなかったのも、そこまで自分は弱っていないと思い込みたかったからだ。
現実では痛みによって絶叫号泣しているにもかかわらず、その事実を受け入れたくなった。

冷静になって、現実と向き合って
オキシコンチン(医療用麻薬)について調べると
がんの鎮痛作用にとても優れていると、私が想像しているような「麻薬」とは大きくかけ離れていて
麻薬中毒にもならず、命が縮むようなこともなく
ちゃんと正しく使えば、痛みに対しても、心に対しても良いものであるとわかりました。

http://www.shionogi.co.jp/tsurasa/treatment/global/
このページを見て、衝撃を受けて、
日本は医療用麻薬の適正使用量の6分の1しか実際は使われていない。
それだけみんなも抵抗があるのかなって。

なんだか、医療用麻薬についてグダグダ書いてますが
私が言いたかったのは、

痛みを受け入れます。
痛みと向き合います。
いやなことから目を背けない。
ちゃんと対処します。

痛みでストレスフルでずっと我慢するよりも、現実と向き合って自分の状態を知って
ちゃんと対処をして、心を健康に保つ!

一刻も早く、この胸膜の痛みをはじめとする
痛みが消えますように!!!

ドライブリハビリ


痛みがようやくましになり、
昨日から手助けなしに歩くことができるようにまで回復しました!

それでも、咳したり
不意のくしゃみで痛みで悶絶します。

一週間家でこもりっぱなし。
実家から家への車移動が唯一の外出で
自分が思う以上にストレスがフルな状態でした。

痛みを我慢している時は
気がつかないけれど、
その時々の痛みで体はずっと緊張状態で
心にとってかなりのダメージが蓄積されていました。

今日はリハビリと心のストレス発散のため
出かけよう!
と心に決め…た…
ものの…

寒いいいいいい…
外に出て、外気と触れたからか咳が止まらず
結局ずっと車の中で咳き込み、悶絶し
気がつくと家族の用事がすべて終え家路につく。

歩かなかった…。

そういうリハビリも、あるよね。きっと。