ありのままの自分を愛するということ

夜中にお腹が痛くて目が覚める(°_°)
悶絶中。
きっと、ひな祭りだからって変にテンション高くて、食べ物で当たったんだわ。
もう寝れないし、折角なので近況報告。

先日同窓会で、実は久しぶりに(と言っても2週間ぶり)にみんなの前でお話をしました。

テーマ…迷いましたね。

結局は友人のアドバイスから、
「自分をありのままに愛すること」
でお話をさせていただきました。

「自分を愛する」
「ありのままにすべてを愛する」という事について考えて見ました。

自分のすべてを愛するというのは、ただ自分の性格とかの内面的なものや外見的なものを愛するだけではなく…
生まれ育ち、社会環境、今この瞬間に自分を取り巻く問題、状況、困難、または幸運…など、それらも全て受け入れ愛する事が、「自分のありのまますべて愛する」事なんじゃないかなって思うの。

そして、自分を愛することは、自分を信じる事になる。
逆に、自分を信じる事は愛する事でもある。

「すべて」を愛することができたなら、どんな状況であっても、「大丈夫!私は大丈夫だ!」と、無条件に自分を信じることが出来るようになる。

でも、問題は…
その「すべて」を愛するのが、ものすごく難しいのだ!という事です。

困難にぶち当たったとき、自分を苦しめる困難をも愛するのは、ものすごく難しいの。ついつい、嫌な気持ちになったり、不平不満を言っちゃいそうにもなるもの。

また、どうにか一時的に愛すると事が出来るようになっても、それがずっと続くとも限らない。
さらには、「愛しすぎちゃう」と、傲慢になったり、間違った方向に行ってしまったりしてしまうものでもある。

はぁ…難しいなぁ~

どうしてこんなにも日々たくさんの事が起こり、状況は刻一刻と変わるのだろうか…

ま、だから人生は刺激的で、暖かくて、幸せなものなんだろう。

そのスマートな友人曰く、私は『自分というものを見つめ、自分らしい生き方、進む道を絶えず意識しながら生きる』らしい。

だからコロコロと考えが変わったりもするのですが…

私は未だに自分を完全に理解出来ていません。

「理解出来た!」と思うのもつかの間、また成長した自分に置いで行かれている状況です。(成長というか、気まぐれの方が正しいのかも。)

でも、どんな時点の自分でも、《本当の》自分であることに変わりはないし、その都度その都度、ありのままの自分の「すべて」を受け入れる事が大事なんです。

まとまったようで、まとまってませんね。
でも、いいんです。
そろそろお腹の調子も治まってきて、眠気も来ているので、寝ます!おやすみなさーい。

生きる決意


初めてのブログなのに、なんて物騒なタイトルなのでしょうか(笑

今の体の状況はあまりよろしくなくて、私は超元気なんだけれども、体の表面上のデータがよくないの
肝臓に2.8センチのガンがあり、それを明日入院して、21日に手術しますが・・・
それだけじゃなく、肺に1センチ未満のガンがいっぱいあります。手術後から肺にあるガンにむけての抗がん剤治療を開始する予定ですが、この抗がん剤は現状維持を期待できる薬だそうです。
何人かの医者や知識の有る友人に聞いても、みんな深刻な状態だといいます。まあ、死ぬ確率のほう高いだろう。

一年以上前から、余命半年といわれながらもこうして今なお元気に生きています。しかも、間違いなく周りの誰よりも元気で、精神状態がいい自信があります!私に会う誰もが、こんな私を見てまったく病人に見えないというし、死にそうには絶対にないといいます。友人にはよく、私の泣いた涙かえせーーー!だなんて、冗談まで言われてしまうほど元気です。
今までの闘病生活中、死が身近にありながらも、私は一生懸命後悔のないように毎日を楽しく生きてました。
それでも十分だったのですが、心の奥深くには、本当にこのままでいいのか?という曖昧な疑問がずっと付きまとっていました。

生きるとは何なのだろうか・・・

こんな深い疑問を考えたりもしたりするわけです。
なんにも考えていないように見えながらもね(笑

先日、ある友人に会いました。
その友人との会話中に、今までもやもやしていたものがはっきりと形作られました。

私は今まで、自分がこんなにも困難な試練を与えられたことにきっと意味はあると思っていました。余命半年といわれながらも、奇跡的に助かっています。人の一生において、無駄な出来事は何一つないと思います。では、私の病気は何の意味があるのだろうか?と。

彼女にいきなり質問されました。
「人生にタイトルをつけるとしたら?」
タイトルは?って聞かれているのに、ふと思い浮かんだのが「ひまわり」でした。タイトルじゃなく、植物を思い浮かびました。ああ~タイトルは「ひまわり」だな!って・・・なんの根拠もなくw

「ひまわり」みんなはどんなイメージを思い浮かびますか?
明るくて、まっすぐ伸びていて、見てる人を元気に、笑顔にすることができる、そして最大の特徴がきっと太陽のほうに向いて咲いていることだろう。そして、すべてのひまわりが全部綺麗に咲けるわけじゃない、雨や風に負けてしおれるかもしれないし、枯れるのかもしれない。けれど、それらに勝ったら、どんなに綺麗に美しく咲くのかはみんなも目を閉じれば想像できるはずです。
いつも、太陽に向いて、上を向いて咲いている。これは私の想像だが、きっと笑顔で咲いているだろう。しかも、まばゆいほどの鮮やかな黄色は、太陽の光を受けて輝いているんだと思う。自分で光を発するわけでもなく、つきみたいに太陽の光を反射して地球の私たちを照らしてくれている。私の中での太陽は、周りで私を支えてくれる人々。みんなはいつも私に会うと、すごい元気になれるって言ってくれています。本当にありがたいことです。けれど、私のほうこそ、皆の支え愛情が有るからこそ、こんなにも元気にいられます、こんなにも笑顔でへらへらしていられます。最後に、ひまわりの個人的に好きな特徴のひとつに、ひまわりの種があります。わたしの大好物です。咲き終わったら、それで終わるのではなく、また種として、新たな命となるなり、私たちの食料として私たちに生きる糧をくれます。

こんなひまわりみたいな人生になれればな~って思っています。
じゃ、もし私がこのままいなくなってしまえば何が残るのだろうかと。
それが、今までの私の中の疑問でした。

私に与えられた使命、奇跡を起こして私を生かしてくれたことへの意味。
10代にしてガンにかかりました。
類まれなポジティブで、誰にもわからない、自分もなぜかわからないほど明るい性格を持っている。
今なお闘病中で、リアルタイムで説得力も有る

今の私にしか、できないこと。
それをしなくちゃいけない。
せめて、私のリアルタイムを通じてガンの現状を知ってもらうことや、早期検診の大切さ、今を生きる大切さ、時間に限りが有ること、まわりの人々を大切にすること、後悔しないために。

なんだか、暗い内容になってしまいそうですが、
タイトルのとおり、私は「生きる」のです。
生きる決意。

大切な大切な人々のために、皆を悲しませないためにも、私は、絶対に生きます。
絶対に希望をなくしません。
ここに、頑固たる意思を。
大切な人々のために!